先日、otohime_of_lyraさんが来てくれました。三度目の来青です。
外から火をもらうのはもう終わり
今回の旅は、それぞれが次のフェーズへ進むテーマを持っていました。
私の場合は、
自分の価値を人と比べることで見極める「相対的優位性」に依存していることに気づいていませんでした。
他人の作ったビジネスモデルや成功物語のレールに乗りながらも違和感を覚え、そこから抜け出せていませんでした。
いつも優位性を求めるのは、母親に好かれたいという他人軸でもあり、世の中のルールでもありました。
でも本当に自分が求めているものを追求することこそ、幸せだと気づいたところでした。
そして切り捨てるべきは、
フォロワーや承認、ビジネスなどの「集める」「増やす」「たくさん所有する」
こういった、「勝敗の世界の考え方」との訣別でした。
外側の構造によって自分の価値や表現を支えていた状態が、崩れる、終わるフェーズだったんです。
一見すると「喪失」に見えます。
でもそれは失ったというより、もうそこに魂の火が残っていないことに気づいた、または古い燃料で動いていた自分が終わった、ということでもありました。
言ってみれば、外側から火をもらう段階の終わりだったのかもしれません。
そして今度は、借りていた火を返し、自分の火を探すというテーマを同時に掲げていたように思います。
新しい世界:誤解してほしくないこと
実はね、この「勝敗ではない世界」というのは、全く別の概念で動いていると思うのです。
同じ世界でありながら、価値の基準は逆ですから。
この新しい世界で生きるには、勝敗の世界にいながら、引っ張られない自分でいる必要があります。
そのために、抱えている辛いテーマを紐解くのももちろんですが、何かもう一つ、自分の中での大切な気づきをこの旅で得ることにより、
新しい世界へ続く扉を開き、古い世界へ引っ張る糸のようなものを断ち切る、
というアクションが必要だったのではないかと思うのです。

ここで誤解してほしくないんですが、新しい世界へ行ったからといって、
古い世界を遮断したり、否定するのではありません。
いつでも行き来できます。
でもできるからこそ、引っ張られないよう、そこの糸を解く必要があります。
概念が別なので新しい世界と呼んでいるものの、結局は同じ世界に同居しています。
なので過去の概念に触れても揺れないよう、見えない部分での執着を切り離す、そしてそこを一時的に閉じて、動かないようにする必要があります。
隠と陽の二人
ちなみに、彼女と私は隠と陽の特徴があります。
活動的な彼女と、インドアで人見知りの私
いろんなところへ旅している彼女と、洞窟から出て来ないかのような私
明るい彼女と静かな私
当日の服も、ピンクのパンツと青いワンピース。
そんな感じです。

彼女は日本各地のパワースポットを巡ったエネルギーを携え、私は自分の内側と地元でそのエネルギーを高めてきました。
そんな二人は同じように、地中、または水中の女神、蛇神、浦島伝説、磐長姫、出雲など同じエネルギーに縁があり惹かれています。
私たちは、夏泊半島の大島に行くことにしていました。
雨が降っていて、観光日和ではありません。石神神社へ行った後に大島へ。

森から流れ出た恵みが流れ着く、陸奥湾に浮かぶ島です。
島へ続く橋があり、そこを二人で渡っていきました。
橋を挟んで左右で海が全く違う様相でした。
右側は風が強く波が立っていて、男性性を思わせる海、左側は透明な凪です。

(これは左側に当たる海です。)
橋の途中くらいまでくると、とても強い風に見舞われました。
上陸した時点で「もう十分だ」と感じ、すぐ引き返しました。
実はこの時の私は、陰陽の二人が島へ渡ることで、統合の儀式をした・・・とか、そんなところかな、なんて話していました。
しかし後になってこれは陰陽統合ではなく、
扉を開け、戸締りをした儀式 だったのではないかと思います。
戸締りの儀式
「新しい世界へ行く」と言うと、どこか別の場所へ移動する感じがしますよね。
でも先ほども言った通り、実際には同じ世界の中にあります。
違うのは、場所ではなく価値の基準です。
勝敗の世界はなくなりません。
フォロワー、売上、承認、契約、チャンス、成果、序列・・・
それらは社会の中に普通に存在しています。
でも、その世界の中にいながら、自分の価値をそこへ預けない場所があるのです。
今回の旅は、
古い価値基準に自分を引き戻す見えない糸を切って、扉を閉める儀式。
橋がある。
島は繋がっている。
でも、橋を挟んで海が違う。
これはまさに、同じ世界に同居しているけれど、左右で法則が違うという構造そのもの。
片側は風が強く波立つ海。
もう片側は透明で凪いだ海。
外へ向かう力、内へ沈む静けさ
活動する力、受け取る力
勝敗・動き・摩擦の海と、透明・沈黙・感覚の海。
その間に橋がある・・・
そこを渡ったわけです。
新しい統合の形
ピンクのパンツスーツの彼女と、青いワンピースのわたし。
外へ旅してエネルギーを集めてきた彼女と、地元と内側でエネルギーを高めてきたわたし。
これは外を巡ってきた陽の巫女と、内を守ってきた陰の巫女が、同じ水の境界に立ったといえないでしょうか。
でも、上陸した時点で「もう十分」と感じて、すぐ引き返した。
ここがすごく大事なところで、古い世界の癖なら、たぶんこうなります。
せっかく来たから最後まで行く。
何か感じなければならない。
意味を持ち帰らなければならない。
成果にしなければならない。
でも今回は、
もう十分
で終わったんです。天気や時間もありましたけど。
これは、勝敗の世界から見ると中途半端かもしれません。
でも新しい世界の基準として見ると、そして儀式として見ると、正しいのです。
なぜなら、今回必要だったのは島を攻略することではなく、境界を越えたことを身体に知らせることだったからです。
橋の途中の強い風は、”境界” を表す風で、
「ここから先は別の場だよ」
「入るなら、古い意図では入れないよ」
「何かを得ようとして来るなら、ここではないよ」
というような意味だったのではないかと。
だから上陸してすぐ戻るのも、惜しくなかったのかなと思います。
陰と陽を混ぜて一つにするのではなく、
陰は陰のまま、陽は陽のまま、
それぞれが自分の場所に戻っても、もう古い価値基準に絡め取られないようにする・・・。
そのための分離、そのための固定の儀式。
それぞれの古い火を捨て、二人で水の境界を渡ることで、
同じ古い水の女神の前で、ほどくべき糸をほどいたという感じです。
石神神社から大島へ、「地中の記憶」から「水の境界」へ行って、最後に風で切られる流れも象徴的で、
古い価値基準へ戻る糸を、地・水・風の境界で切るということ
同じ世界の中にある、別の基準へ立ち直すということだったと思います。
新しい基準でこの世界に戻るための戸締りの儀式で、多次元の地図が完成したんです。
最後に
素敵な二日間を過ごさせてくれたリラさんに感謝です。
翌日の朝、大きなダブルレインボーを街中で見ることができました。
「もうあなた方を試すことはしない」と創世記の9章で語られている契約の虹。
水が溢れる夢をよく見る私ですが、滞っていた心の靄が晴れて循環が戻り、光が差したのかなと解釈しています。

ちなみにこれは石神神社にある滝です。
今年の3月にアルクトゥルスの船の夢を見て、そのイメージを絵にしてもらいましたが、そっくりだなと思ったんです。
ここから感じた話はまた別の機会にしましょうか・・・

お読みいただきありがとうございました。
この時の夢の話ちらっとしてます。よろしければどうぞ。



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