失われた魂のかけらを取り戻す

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よくあるじゃないですか。

秘密結社がこの世を支配しているとか、選ばれし者たちだけが、得をする仕組みになっているんだというような陰謀論・・・

あなたは信じますか?

今日はそんな世界で失ったものを取り戻すというお話です。

陰謀論とピラミッド

ピラミッドがあって、下の層は目覚めさせられることなく、お金や労働力を搾取される層なんだ、みたいなのを見たことがあると思います。

特に日本では、それ関係の特番があっても、ちょっと信憑性が期待できなさそうな芸能人がゲストに選ばれていて、番組自体も謎や不安を残したまま終わるので、大抵は眉唾情報として片付けられます。

でもね、

私としては、それって別に隠すことでもなんでもない、そのまま世界を表している事だと思うんですよ。

フラーレンと地球のマインド層

フラーレンあるじゃないですか。

あれって、フラワーオブライフが立体になったものだと思ってませんでしたか?

私は思ってました・・・💦

実はね、六角形が主体のあの形、全てが六角形だと永遠に平面なんですよ。

あれには、五角形が混じっているからこそ立ち上がっていき、立体になるんです。

つまり、5と6の集合体なんですよね。

私はこれが、地球のある層――例えばマインドの層を表しているんじゃないかなと思っています。

5と6の世界のトラップ

六角形は蜂の巣でもお馴染みですが、集合体を表します。集合意識の世界です。

五角形は五芒星、よくいうと魔除けの護符、悪くいうとアンチキリストの象徴ですが、これは「魔法の使える次元=4次元」です。

この集合意識の世界とは、人間の世界です。

肉体次元のルール、意味付け、概念があって、ここをどうコントロールしているか?というところが、陰謀論者たちのいう「支配」にあたります。

コントロールというと大袈裟に聞こえます。でも、例えばSNSやメディアでの流行りや常識が、共通した認識になりつつある現象はどうでしょうか。

多くの人が見ていて、共通言語として使っているものがあって、だんだん変わっていく。

広辞苑の内容だって少しずつ変わっています。

SNSで炎上すれば、その人の人間性や文脈を無視して、普通の人間たちが、村八分みたいな扱いを平気でするような場面だってあります。

質の良い食品が手に入らないことで、加工食品や冷凍食品、化学的に似せて作られた食べ物や調味料だって登場します。

もちろんこれは一側面でしかありませんが、

陰謀論者たちはこういうのを支配って呼んでるわけです。

陰謀論との付き合い方

陰謀論をスピリチュアル界ではあんまりよく言わないですよね。波動が低いとか、考えてはいけないみたいにいう人がいます。

私は知ること自体は良いと思います。知らないよりずっといいです。でも、これを変な方向で信じてはいけません。

これは、「起こっていること」でしかなくて、そこに意図があろうとなかろうと、悪い宇宙人がいようといまいと、選んでいるのは私たちで、そういう世界なんであれば、そこに従うしかありません。

世界を作ってまわしている人がいるとして、自分が何もしていないのに、彼らのやり方が嫌だと文句を言うのも、まあまあ我儘だと思うので。

4次元は夢と虚構の世界

5と6の話に戻ります。

この、5の領域、つまり4次元世界というのは、私たちの世界の中で一握りの、いわゆる成功を手にしている人たちの世界です。

富と名声を手にしている人たち。

この人たちはピラミッドの頂点にいます。
富と名声が悪いというわけではありません。一般的にこの世界で憧れられる、欲しいと思われるものです。

この4次元層が使う言語、概念があって、それを私たちは丸ごと信じさせられています。なので、富や名声が欲しいと思うことは、この世界で生きていく、この世界のルールに従うということを意味します。

ピラミッドはたくさんの種類があって、それぞれのジャンルや、段階によって分かれていますが、それを取りまとめて一番頂点にいるのが、いわゆる秘密結社のトップの人たちだと言われているわけです。

この一部の人たちは、ある法則を知っています。

儀式をしたり知識をダウンロードしたり、仲間たちの引き立てや支えによって、チャンスを掴んだり、維持したりして地位を長らえているわけです。

あなたが富や名声を追いかけているなら、このピラミッドの中にいます。

どんなに求めても満足できず、承認という幻想を得るために、彼らが作った言葉や概念を使って、そのロードマップ上で繰り広げる努力や苦しみ、ちょっとした違和感さえも美辞麗句に置き換えて、今日も頑張っているわけです。

でも、この世界だけが世界じゃないんです。

別の層がある。それもずっと前から、今もそこにある

競争社会がしんどい人いますか? 別の層があると言ったら?

そもそもこの、人間が作った6の世界、集合意識というのは、ガチガチに結束しています。

だって、仲間同士でつながっているから。同じ考え方を共有して、支え合っています。

同じ考え方同士で、国だって分かれているように、それぞれの考えで結束することで、ある意味でそうじゃない人を外側の人間として、時には裁いたりもします。その代わり、同じ仲間同士は結託しています。

これが社会です。本当―――に雑ではありますが、そんな感じです。これが6の世界、集合意識です。

この集合意識は、人間である限り必ず所属しています。

だから、「生きにくい」スターシードなんかも、生きにくいからといって、避けて通ることはできません。

でも、ここだけに生きなくてはいけないわけじゃないんです。

9の意識

さっきの5と6の話なんですけど、5が4次元、6が3次元って言ったじゃないですか。

これなんでかというと、9―5=4、9−6=3だからです。

9というのは神意識とか、ケテルとか、源とか、統合とか、呼び方はなんでもいいですが、集合意識をこえた考え方をする意識のことです。

ここね、そういう考え方の「人」と言わなかったのは、みんながその意識を持っているからということと、人と言っちゃうと「私そこだからすごい」という、よくいる勘違いさんたちをくすぐってしまうからです。

9意識は6と7の架け橋

どのみち369は同じ系列の意識で、この世界に産み落とされ、否応なしに5と6の世界で生かされることで、苦しむわけです。

どの意識で世界を見るかは自由意志で決められると思います。

ここで言っておきたいのは、この人たちは、よくある落伍者みたいな感じじゃありません。どちらかというと、馴染んでさえ見える、うまく波に乗ったりできているように見えたりします。

でも、「なんだよこの世界っ💢」という違和感が常にあります。

多分、この限界を最近迎える人たちが多いのではないかと思っている私です。

それが、この9意識をデフォルトにしている人たち。

この9意識は、すごいとかいうわけじゃなくて(まあ、すごい部分もあるんですが、ここでは広げません)、簡単に言ったら集合意識には属さない状態で生きられる領域のことです。

つまり、競争、上下や高低、善悪がありません。ただ「ある」だけです。事実としてあるだけ。それを元に、物質次元で生きる時に何を選択していくかを決めていきます。

さっき言ったピラミッドの中にいる人は、9意識ではないです。

こうあるべきとか、もっと〇〇という考えはありません。

これを簡単に説明するなら、

「本質」や「宇宙の法則」です。

そう、人間の集団意識ではなくて、星や銀河、

自然や動植物などのサイクルと共に生きているということなんです。

どんなに世界が変わろうとも、この法則はずっとそこにありました。

そっち側ってことです。

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かっこいいと思いましたか?

まだ集合意識の考え方の癖を持っている人は、9の生き方や9の人を見たらこういうでしょう。

「ダサい」と。

そう、流行とか、最先端みたいな考え方はありません。

メディアとは無縁の生活、または上手に付き合っています。

売れるとか、理想とか、成功なんていう言葉は9意識の辞書にはなくなります。

ダサいを具体的な例で言うと、

他人と競うより、自分の技術や知識を静かに磨く研究や工芸の世界。

流行りの農法や工法に飛びつかず、長い時間をかけて経験を積み重ねる人たち。

大地と対話するように暮らす人なら、虫に食われたり、天候に左右されたり、毎年うまくいくとも限りません。

派手な成功も効率もない。

ただ、昨日より少し分かることが増えていく。そんな地味で、不器用で、豊かな時間が流れています。

silhouette of a farmer working at sunrise
Photo by Bijen Amatya on Pexels.com

そして、共通して言えることは、「最小単位で幸せに生きている」ということ。

自分を尊重しながら生きられるので、いいねやフォロワーの数、共感は要りません。今を満たされた状態で生きている、またはそうするために、自分の気持ち、自分の本音とちゃんと向き合って、無理をしません。

時には嫌な人に思われても、非常識だと眉をひそめられても、自分が心地よくなければ、上手に断って自分を大切にします。

その代わり、自分を尊重してくれる人や環境に対して深い思いやりがあります。そういう、小単位で満足して生きています。

目立ちませんし、目立つ必要がないことを知っています。

だって自分と思っているのは本当は自分ではないから。

その自分ではない肉体を使っているのを知っているので、自分を大切にするんです。

価値があるかどうか、そんなことは、他人から言われることじゃないと知っています。

そもそも他人の定規で測られていることだからです。

「人のためになる」「使命」ーーこんな言葉とも、少し距離を置いています。

結果的に人のためになったとしても、それは結果であって、そもそもの目的が違うんです。

自分がやっていることが、人のためになった、というだけ。自分がやりたいと思ったこと、自分の選択の先にそんな意味づけがあっただけなんです。

当然、うまくいかなかったとしても、その責任を取らなくてはいけないことも分かっています。その責任は自分で引き受けます。

誰かに言われたからでも、世間がそうしているからでもなく、自分で選んだ道だからです。

まとめ

9の生き方は、何もかもを手に入れた人の生き方ではありません。
むしろ、「これ以上、何かを足さなくてもいい」と知った人の生き方なのだと思います。

大きく見せる必要も、認めてもらう必要も、特別な意味を与える必要もない。
自分が心地よく生きられる範囲を知り、自分を尊重し、その小さな世界を丁寧に守っていく。

外から見れば、地味かもしれません。
流行にも乗らず、成功を追いかけず、目立つこともしない。

だから、集合意識の価値観から見れば、「ダサい」と映るのかもしれません。

でも9の意識にとっては、それでいいのです。

誰かに価値を決めてもらわなくても、
何者かにならなくても、
世界の中心に立たなくても、

自分の人生を、自分の感覚で選びながら生きていける。

それこそが、9がたどり着いた自由なのだと思います。

あなたは9の意識につながることはありますか?

今まであまりつながっていなかったとしたら、きっと自分の本音を曲げて、人を優先してきたかもしれません。

そんな時、私たちの魂は少しずつ削れていきます。

魂が不滅なのだとしたら、その削り取られたものはどこにあるのでしょうか。

これから取り戻しにいきませんか?

※この文章はあくまで個人的な考えに基づくものです。

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